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岐阜城の麓にあった 信長の館 [戦国]

現在、NHkの大河ドラマ「軍師官兵衛」にて、織田信長時代の岐阜の繁栄が
描かれ、エンディングにて 「岐阜城 織田信長居館跡」が紹介されていました。

織田信長は、天下統一への拠点として、交通の要所である岐阜に移りました。

永禄10年(1567)に、 ここ 井の口村に移った信長公は、山麓の館を大きく改修し、
自ら 岐阜と名付けたこの町を、 足かけ10年にわたり 本拠地としました。

岐阜城は、金華山の山全体が天然の要害として機能しており、
軍事的な施設である山上の城郭部分と 山麓の居館部分に分かれ、
居館において日頃の生活や 政治が行なわれていた訳です。


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信長公に面会する為に、多くの人々が岐阜を訪れました。
その時に対面するのは この山麓の館になります。

公家や文化人、他大名の使者など特別な客人は、信長自ら おもてなしをした
との記録が残っています。

おもてなしは、山麓の館にて、お茶、能、踊り、食事などの接待、参上の天守閣にて
岐阜城下の眺望を楽しみ、夜は長良川の鵜飼いで接待をする
というものだったようです。

おもてなしを受けたポルトガルの宣教師 ルイス・フロイスは、その館を
「清々しさ・美しさ・豪華さ・清潔さにおいて、私はこの宮殿に並ぶものを
他に見たことがありません」
と絶賛しております。

そのフロイスの記述によると

柴田勝家殿をはじめとする10人位の家来の案内で進むと、
宮殿の外側には見事な石垣があり、まもなく、広場があり、入り口には
上演や祝祭に使う劇場があり・・・
長い階段を上ると、大広間があり、クレタの迷宮の様で、広間の最初の廊下は
15か20の美しい屏風で飾られた 座敷に至り・・・廊下の外側に美しい庭があります。

2階には、大部屋と奥方と その侍女たちの部屋があり、3階は、山側へと通路で繋がり、
チャ と称する粉末で できたものを呑む 立派で美しい 茶の座敷があり・・・
3階と4回の見晴らし台からは町の全体が望めます。




かつてから、千畳敷とよばれる場所には、信長の居館があったと伝わっていた所です。
そこには、いくつもの巨石がみられ、その権威を見せる為のものではと言われています。

この居館部分の発掘調査が、現在進められており、徐々に整備がされてきています。

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これまでの発掘調査では、巨石列や石垣、建物の壁土や礎石、庭園の後も数カ所
見つかっています。

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屋敷からはこの様な 滝やせせらぎ が眺められたと思われます。

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槻谷(けやきだに)の最奥で見つかった池と円形の石組が一体となった園池遺構は、
銀閣寺の池と酷似している事が解ってきているそうです。

この館跡を散策すると、この辺りは軍事的色彩は感じられず、
信長の邸宅と、特別な人をもてなす 迎賓館的な場所であった事を
感じられます。

その規模と豪華さは 桁違いの物であった事が、この遺構から知る事が出来、
往時の繁栄をしのびながら 散策を楽しむ事が出来ます。






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